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プロジェクトインタビュー

第13回プロジェクトインタビュー:
 日本科学未来館 様


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日本科学未来館(以下、未来館)で新たに公開された常設展示「未読の宇宙」は、これまで公開されていた常設展示「ニュートリノから探る宇宙(2002年~)」、 「加速器で探る素粒子と宇宙(2006年~)」 に入れ替わって導入された新しい常設展示で、スーパーカミオカンデや重力波望遠鏡、粒子加速器など巨大な観測・実験装置を駆使し、研究者たちがどのように宇宙を読み解こうとしているかを体感することを目的につくられました。本稿では、未来館様のご担当者と当社のプロジェクト担当者が、プロジェクトへの想いやこだわりを語っています。


『未読の宇宙』展示エリアへのアプローチ

日本科学未来館
科学コミュニケーション室 科学コミュニケーション専門主任
博士(理学) 科学ディレクター
松岡 均 様

国内外での研究生活を経て、2004年日本科学未来館に入職。その後、2008年からJAXAで宇宙教育の活動に従事し、2012年に再び未来館に。未来館では、主に宇宙・天文関係の展示やイベントに携わり、最近は、「チ。-地球の運動について-地球(いわ)が動く」や「深宇宙展」などの特別展に関わる。「未読の宇宙」では、科学ディレクションを担当。

日本科学未来館
科学コミュニケーション室 博士(理学) 展示ディレクター
櫛田 康晴 様

生物学系の研究者を経て、2018年より日本科学未来館にて主に展示制作に携わる。専門に限らず様々なテーマの展示に関わり、これまで「計算機と自然、計算機の自然」「セカイは微生物に満ちている」「プラネタリー・クライシス」を担当。「未読の宇宙」では、主に科学の知見の何をどのように来館者に伝えるかの科学コミュニケーションのディレクションを担当。

日本科学未来館
科学コミュニケーション室 科学コミュニケーター
坂口 香穂 様

デザイン学部卒業後、ECサイト構築業務を経て、2023年日本科学未来館に入職。「未読の宇宙」では、人の進路や関心が文系・理系にはっきりと二分されがちな現状がある中、未来館に訪れた人のバックグラウンドに関係なく宇宙物理への興味を引き出す展示とすることを目指して、主にどのような人にどのように科学トピックを届けるかなどの企画・調査を担当。

株式会社トータルメディア開発研究所
プロジェクト事業本部 西日本事業推進第2部 部長
コミュニケーション・デザイン
島村 昌志

2005年トータルメディア開発研究所入社。プロジェクト業務推進を牽引。こどもから大人まで居心地のよいサードプレイスとしてのミュージアムや展示空間を目指して、公共、企業のミュージアムやイノベーションセンターなど幅広いプロジェクトに携わる。「未読の宇宙」ではコンセプトや、体験価値の在り方など、全体のコミュニケーション・デザインを担当。

株式会社トータルメディア開発研究所
プロジェクト事業本部 西日本事業推進第2部
推進1チーム 二級建築士 メディア・ディレクション
吉川 紳

2024年トータルメディア開発研究所入社。プロジェクト業務推進を担う。メッセージを伴った空間や、人の好奇心に訴えて対話を促す手法のさらなる洗練を目指して、公共、企業のミュージアムなど幅広いプロジェクトに携わる。「未読の宇宙」ではアーティストやクリエイターの間を取り持ち、来館者に伝わる展示手法を練り上げるメディア・ディレクションを担当。

「既知の知識を伝える」のではなく「未知へのわくわくを共有する」展示をめざして


科学ディレクター 松岡 均 様 (以下、松岡様)

宇宙や天文は更新が速い学問分野です。特に天文学は、ここ数十年ほどで非常に進歩していて、あらゆるモノを通り抜ける幽霊のような素粒子「ニュートリノ」や時空のゆがみが宇宙空間を伝わる「重力波」をとらえるなど、いくつもエポックメイキングな出来事があり、さまざまな観測手段を得たことから「マルチメッセンジャー天文学」という言葉も生まれました。

ニュートリノや重力波は、電磁波以外で宇宙を観測するためのいわば人類の新しい「目」。これまで「未読スルー」していた、宇宙から常に降り注ぐ何かをキャッチする多様な方法を手に入れたことで、今後は技術の進歩とともに宇宙の謎がどんどん解明していくかもしれません。

ですが現段階で、私たちはそのスタートラインに立ったばかり。未知の領域の前にいる「わくわく」を実感できる、臨場感のあるエリアをつくりたいという思いから本展示の企画を立ち上げ、そこに「未読の宇宙」という名をつけました。

科学コミュニケーター 坂口 香穂 様 (以下、坂口様)
展示の利用者像を探るため、まずは大掛かりな調査をしてコアターゲットを絞りました。もともと宇宙への興味が深い方々に最新のトピックを発信するのは一つの手ですが、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中で日本がもっとも女性の科学分野への進学率が低い ※という課題もあるなか、新たな層の獲得も必要です。

調査の結果、浮かび上がってきたターゲット層は2つ。1つは、算数・数学や理科は苦手だけれど、宇宙研究への道を志したい「宇宙コンプレックス」、もう1つは、漠然と宇宙が好きだけれども、科学や研究に縁遠い「宇宙ファン」です。

未来館様作成の『未読の宇宙』ターゲットの考え方資料

 

宇宙研究に使うダイナミックな装置や極大・極小の研究のスケールなどに対して「なんだかわからないけど、すごい」と思う気持ちは、共通して多くの人にあります。その心の動きをいま風の言葉に置き換えると「エモい」になる。宇宙コンプレックスと宇宙ファン、2つの層がエモさを感じ「宇宙研究の分野に進むのもいいかも」と思ってもらえる展示をめざそうということになりました。

※OECD Education at a Glance 2021 TableB4.3. (集計データは2017年時点のもの)

 

年齢や立場を超えて語り合える現代の「アテナイの学堂」をめざして


コミュニケーション・デザイン 島村 昌志 (以下、島村)

国立科学館の展示に携わるのは、私たちにとってもまたとない機会。ですが、今回のテーマについては、まったくの門外漢です。マルチメッセンジャー天文学という言葉も知らない状態から、まずは天文学者・田中雅臣先生の著書「マルチメッセンジャー天文学が捉えた新しい宇宙の姿」(講談社刊)を頼りに勉強を始めました。

心に響いたのは、重力波の発生源の特定に世界中の天文観測施設が動き始めるという、後半に書かれた臨場感あふれるレポートです。各国が連携して信号がやってきたであろう方向に望遠鏡を向け、世界が一丸となって宇宙の謎を解いていく。そうした研究者のロマンを伝える展示にしたい。プレゼンではそのことをしきりに訴えました。

展示予定の5階の奥まった場所は、なかなか足を運んでもらえないという課題があると聞き、それならいっそ展示動線の最後だし、座ってしまえるスペースにしようとまずは考えました。海外では子どもたちが美術館の床に座って絵画を鑑賞する文化があります。ですが、日本ではそうした傾向があまりない。休憩も兼ねて、宇宙の美しいデータを浴びながら語り合える場になれば面白いのではないかと。

空間づくりの指針となったのが一枚の絵画です。そこには、レオナルド・ダビンチやアリストテレスなど、偉大な画家や哲学者などが時空を超えて一堂に会している様子が描かれています。「アテナイの学堂」(ラファエロ・サンティ作)です。時代や立場にとらわれず議論するこの絵画のような空間こそがあの場にふさわしいのではと、今回のプロジェクトチームが同じ方向を向いた感覚がありました。

トータルメディア開発研究所コンセプト資料より:「アテナイの学堂」(ラファエロ・サンティ作)

 

(松岡様)
「現代のアテナイの学堂をつくりたい」──。そう聞いたとき、スタッフ一同、心にグッとくるものがありました。基礎科学の研究というのは、特定の国や一つの時代で出来上がるものではなく、積み重ね、時代を超えて受け継がれていく人類の共有財産です。それがありありと表現されているのがあの絵画で、そのなかでは対話が大きな役割を果たしています。

情報をただ一方的に伝える「説明」でなく、相手の持つ考え方を引き出して深掘りしていく「対話」は、当館においても非常に大切なキーワードです。そのための場づくりに頭を悩ませていたとき、トータルメディアさんから今回の提案があったわけです。

展示ディレクター 櫛田 康晴 様 (以下、櫛田様)
実際に足を運んでみると、あの場所がきちんと「学堂」になっていることがわかります。科学技術とどう付き合い未来をどう築いていくのか、多様な立場の人と対話をしながら考えていく役割の科学コミュニケーターが、来館者と一緒になって腰掛けているのがその証拠です。座れば相手と同じ目線でフラットな立場になり、互いに話がしやすくなる。これはいままでにないことでした。

(櫛田様)
宇宙からのシグナルをとらえた瞬間を音と映像で表現したアートが展示空間全体をぐるりと取り囲み、その中にニュートリノ、重力波の観測をする体験装置などを設置しています。

トータルメディア開発研究所コンセプト資料より:「空間構成と体験フロー」

 

天文学や素粒子物理学の最前線を学べる空間ですが、悩んだのがメインエリアに至るまでのアプローチの部分です。誰に向けたどんな展示か、来館者が興味を抱くかどうかはすべてこの「序章」にかかっていますので。 

 

ブレストから生まれたキーワード:「科学って情緒的かも」「科学はIとWEの往復運動」

メディア・ディレクション 吉川 紳 (以下、吉川)
マルチメッセンジャー天文学の世界に誘うその通路には、宮沢賢治の詩「春と修羅・序」の一節を取り上げました。

はじめは、人類の知の積み重ねの系譜を展示する予定でした。ですが、それではお勉強になってしまう。宇宙コンプレックスや宇宙ファンの方々に興味を持ってもらうには、いきなり「天体とは……」ではなく、展示の概要をポエティックに伝えるのがいいのでは、という話にまとまりました。「科学って情緒的かも」というキーワードで体験化を図りました。

この展示では、宇宙からのメッセージを「読む」「読まない」という感覚を抱いてもらうために、皆さんにとって身近なスマホのメッセージアプリの「既読」「未読」を想起してもらうのはどうかと。 未来館のもう一人の展示ディレクター、森田さんが仰っていたことがトリガーになりました。また、 ”ビッグサイエンスは主語が「私たち」とか「人類」など大きなものなりがちだけれど、より小さな「私」から始まりたい。そこで「わたくしといふ現象は」という非常に印象的なフレーズで始まる「春と修羅」の序が良いかも“となったんです。

共創によりキーワードが生まれる

 

実はこれにもしかけがあって、この宮沢の詩は1922年から23年頃の作 で、およそ100年前なんですが、この100年がポイントなんです。この展示の核となっている「重力波」が発見されたのが、アインシュタインが予言してからちょうど100年後です。その100年という時間軸を体感してほしい。「ああ、この100年という、ものすごい時間の中で、どんどん人類とか、私達の知識って増えているんだな」というような想いを馳せてほしい。

(島村)
科学、つまり知の積み重ねは、多くの研究者がバトンタッチして築き上げるもの、ということを未来館様から学びました。そのことを編集メンバーが言語化してくれて、「IとWEの往復運動」という言葉がうまれました。新しい発見を科学の知見としていくには「WE」の視点が必要なんですが、それを受け止めるのは一人ひとりの「I」、その両方が必要ということなんです。

来館者は最初は「I」からスタートして自分ごととして受け止めてほしい。だから、最初は一人の作家に代弁してもらうという大胆な振り切りができたんです。このクリエイティブジャンプの瞬間はとても印象に残っています。対話が肝であるため、エリア全体のテーマは「We(私たち)」へと広がります。ですが、まずはこの通路で一度「I(私)」という個人として宇宙と向き合ってもらいたいという思いがあります。

降り注ぐ宇宙の声が聴こえてくる360度「マルチメッセンジャー・ビジョン」

(島村)
「見えないものを表現する」という課題に対し、ニュートリノや重力波をとらえる施設の観測データを使ってアートに昇華する方法を思いつき、データビジュアライズのメンバーに加わってもらいました。

全方向からやってくるデータを可視化する「マルチメッセンジャー・ビジョン」

 

そこでもクリエイティブジャンプする名言がうまれます。「データの手触り感」。実際のデータは、ほとんどが雑音の様なデータで、ときおりその中に宇宙からのメッセージ、重力波のような微細なデータが浮かび上がってくる。研究者が日々宇宙に向き合っている姿勢が肌感覚で伝わるよう、映像だけでなく、流れる音もすべて観測データを元に可聴化しています。見えなかった、聞こえなかったものが可視化・可聴化されて宇宙から降り注いでいる。そんな瞬間を味わえる展示に仕上がったのではないかと自負しています。

(坂口様)
実際、「未読の宇宙」の監修を務めた一人、千葉大の石原安野教授がこのビジョンを見て「私たち研究者の『面白い』はなかなか伝わらない。それをより多くの人に届くようにつくってくれてうれしい」とおっしゃっていました。

「先生から電話がかかってくる!」研究者が日々感じている「わくわく」を、いかに伝えるか

波長ごとに見えるものが違う「多波長観測体験装置」

 

(坂口様)
パラボラ型の装置の前にある赤外線やX線などのボタンを押すと、普段私たちが目にしている「可視光」以外の波長の電磁波でとらえた天体の姿が映し出されます。何も押さなければ図鑑の写真のようなオリオン星雲も、赤外線だとまるで違った姿に見える。

私たちは視覚や触覚などで得た情報から、それが「本当」だと判断してしまいがちです。ですがこの装置を通してみると、宇宙が実に多様な姿をしているのがわかります。目に見えるものがすべてではないと、見つめ直すきっかけになるかもしれません。

いろいろな波長で宇宙のありようを観測する装置は他の科学館にもありますが、異なる波長の画像を同じ位置で見せるものは、なかなかありません。来館者に知識がないと、どう見ればいいのか分かりにくいですよね。たとえばかに星雲の場合、可視光ではガスの広がりが見えます。X線波長に切り替えれば超新星残骸の真ん中に中性子星という小さな星を発見することができます。可視光に戻せば、ガスの中のどこに中性子星があるのか一目瞭然です。このように異なる波長の画像を重ね合わせで同じ位置で体験できる様に工夫しました。ここでは、6つの天体について、それぞれを6つの波長で体験できるようにしています。そして研究者の方の話を聞きながら画像のみどころも分かるようにしています。

(島村)
各装置のそばにはスマートフォンが埋め込まれています。あるモードにすると専門の研究者から電話がかかってきたようなアクションが起き、マンツーマンで対話している形で一緒に観測を進めることができます。実際には「ビデオ通話風の映像」ですが、普段、壇上にいる先生が直接話しかけてくるような親近感が生まれるため、ついつい耳を傾けてしまう。

左:特定の操作をすると研究者から電話がかかってくる。 右:まるで先生と電話しているかのような体験。

 

(坂口様)
当館は前からインタビュー映像は展示しているんです。でも大きな画面にインタビュー映像を流しただけでは見ている来館者の離脱率が高いんです。なので、今回も当初はどうかな?と思ってた部分もありました。ところが、スマホという私たちにとってもっとも身近なコミュニケーションツールを通すと途端に自分ごとになる。印象ががらりと変わるのに驚きました。

重力波や加速器などのなじみのない話でも、対話して手を動かすことで、誰もがふんわりとわかった気になれます。ターゲット層の宇宙コンプレックス、宇宙ファンとも、とても相性がいいと思います。

(島村)
展示をつくるとき、一番楽しいのが研究者の皆さんから直接お話をうかがっている時間なんです。ただ答えを教えてもらうのではなく、一緒になって取り組むことで得られる「なんとなくわかった」気持ちの良さを、来館者の皆さまにもぜひ味わってもらいたかったのです。

スマートフォンを映像装置に転用する──。技術的にはそんなに難しいことではありません。一方で、これまでにない発想から社内では「発明」と言われましたが、大事なのは興味のスイッチを押すきっかけをつくること。ただ教わるのではなく、一緒に歩んで気づきを得る。コミュニケーションを生む「触媒」としての展示は、これからの潮流になっていくのではないかと思います。

(吉川)
展示物はほかにも、極々小さな時空の歪みを観測する「重力波観測」の観測原理を示すマイケルソン干渉計や、ニュートリノをとらえる観測装置「スーパーカミオカンデ」「アイスキューブ」がニュートリノを捉えた瞬間を再現するミニ模型、粒子の衝突実験「加速器実験」を縮小再現する円形装置模型などさまざま。多様な角度から宇宙と向き合う仕掛けがあります 。

KAGRA視察時の参考展示物や、各種体験装置のプロトタイプを元に、監修者の先生方とブラッシュアップ

 

来館者の行動変容のきっかけを提供する。感じたことを言葉にしてみる「AIと語る宇宙」

(松岡様)
「未読の宇宙」をめぐって浮かんだ疑問や感想を、モニター越しに生成AIと自由に語り合うための展示です。最初の段階では、科学コミュニケーターのAIをつくる予定でした。このAIは何かを教えてくれる存在ではなく、対話の相手として存在するべきではないかと議論するうちに、AIが複数いた方が、対話を通じて来館者自身の考えをより深掘りできるだろうと方向転換。最終的には7つのキャラクターを用意し、その中からランダムに選ばれた3つが話し相手になる形に収まりました。

あらかじめ用意された選択肢から問いかけるも、キーボードで直接打ち込むも、音声入力を利用するのもよし。「ブラックホールって何?」でもいいですし、ただ感情をぶつけるだけでもかまいません。

3つのAIと、思い思いに宇宙について語り合う

(島村)
AIキャラは人を模倣する存在ではありません。ちょっと人とは異なるAI達です。AI科学者をはじめ、AI子どもやAI美容師までいます。科学的な質問にきちんと答えられるAI科学者は必然として、ほかにどんなキャラがいれば会話が広がるのか、徹底的に議論しました。大人だけでは難しい情報に偏りがちなので、素直にリアクションする子どもは必要だろうとか。

2人の子ども、3人の大人、2人の科学者から、ランダムに選ばれる対話の相手

 

(櫛田様)
1対1ではなく「自分と3者」なら、適当な感想や問いを起点にどんどん会話が転がり、徐々に本当に言いたいこと、知りたいことがまとまってくる。生成AIはどんな疑問もきちんと受け止め、答えを返してくれるので、科学に詳しくなくても問いかけやすいのがいいところです。自らアクションを起こした感触は、きっと記憶に残ります。

座って宇宙を見上げる。ゆっくりそこにいてもいい。気が向いたら語り合ってほしい。という空間

(吉川)
上方にある約360度のスクリーンは宇宙を、再生コルクを使った床は観測の舞台となる大地をイメージしています。

「大地」をデザインするにあたり、空間チームとピラミッドやストーンヘンジなど古代の観測現場がどんな場所だったかを調べました。資料をあさるうちにたどり着いたのが、18世紀のインドの天体観測施設「ジャンタル・マンタル」です。その写真を見たとき、制作チームの皆が「これだ!」と声をあげました。

「太古から人類はどの様に宇宙を見上げてきたのか」リサーチ資料より

 

(島村)
俯瞰(ふかん)すると、人のつくった観測・実験装置がまるで土から生えてきたような面白い見た目も特徴の一つ。これは、カミオカンデのある岐阜県飛驒市(旧神岡町)の現地視察がヒントになりました。来館者が大地に座って空を見上げ、宇宙を見る。そんな光景を実現したいと注力しました。

大地を表すコルクと、そこから生えてきたような観測装置、見上げれば宇宙、という空間ストーリー

 

共創とは共鳴。立場を超えて取り組むから、スタッフ全員が研究者のわくわくに共鳴し、来館者に届けられる。

(松岡様)
「餅は餅屋」と展示に関するすべてをお任せするミュージアムもあるでしょうが、当館の場合、リサーチから監修者の選定まで、制作におけるそれなりの部分を担います。ですから別々の会社というよりは、仲間として一緒につくり上げていった印象があります。

(櫛田様)
とはいえ私たちができるのは大まかな枠までで、その先はプロフェッショナルしか立ち入れない領域。トータルメディアさんが良いチームをつくり、けん引してくださった。最後まで走り切れたのは、島村さんと吉川さん、クリエイターの皆さんのおかげです。振り返って、とても幸せなプロジェクトだったと個人的に思います。

共創のカギは、立場を超えて自由に意見を交わせる、対等なチームづくり

 

(吉川)
空間や映像、AIなどの各クリエイターがプロの視点で自由に発言できる打ち合わせでした。その打ち合わせの準備も「いかに正解を持ち寄るか」ではなく「いかに対話を刺激できるか」に焦点があてられていたことが印象的です。よりよい展示を実現するため、それぞれが思い思いに発言できる場づくり。そこから共通項ができ、まとまっていく。会議自体が共創の場を体現していたような気がします。


 

「コミュニケーションの場」としてのミュージアムの、さらなる進化をめざして

(坂口様)
「エモい」という単語を軸に議論が深まり、形が定まっていった本展示ですが、次のビジョンとしてはそれを体験した「読後感」によって、来館者の皆さんにどんな変化が生じ、どんな効果が生まれるのかを知りたいと考えています。

(櫛田様)
展示制作の観点からすると、ここまで削ぎ落としても成立するというのは一つの自信につながりました。展示がこれからコミュニケーションツールになっていくと島村さんはおっしゃいましたがその通りで、ネット社会のいま、調べたいことがあるならいくらでも個人で探すことができる。だからこそ、対話の場を提供するのはミュージアムの大きな役割になっていくでしょう。今後はその具象化をさらに追求できればと思います。

未来館の皆様の視線は、さらなる未来を見据える

(松岡様)
展示をつくるにあたり毎回新しい挑戦を心がけていて、今回も間違いなくそうでした。ただこれで完成というよりは、まだまだ試せることがあるのではないかという思いもあります。テクノロジーの進化や変化する人々のライフスタイルに合わせ、挑戦を続けることがミュージアム業界の新たな息吹きの萌芽につながるのではないでしょうか。

2025年7月 日本科学未来館にて収録

 

日本科学未来館に関するプロジェクトレポート

日本科学未来館5階常設展示「未読の宇宙」
展示施設設計/展示制作・工事

想像を超える宇宙探究の最前線を科学者の声と共に体験

近年、人類の宇宙への探求と理解は飛躍的に進んでいる。想像を超えるスケールの観測・実験装置を駆使して宇宙の解明に挑む科学者たちの熱量の共有と、知的探究のフロンティアへの興味喚起を図るべく本展示は計画された。ここでは、目には見えない波長を含む光による宇宙観測、重力波の観測、ニュートリノ観測、粒子加速器実験の4つのアプローチを通して、天文学や素粒子物理学の知の最前線に迫る展示を導入。…続きを読む

日本空間デザイン賞2025 ShortList 入選
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第13回:
日本科学未来館 様
「既知の知識を伝える」のではなく「未知へのわくわくを共有する」展示をめざして



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プロジェクトインタビュー

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