プロジェクトインタビュー
第4回プロジェクトインタビュー:
石川県立図書館 様
“思いもよらない本との出会いを生み出す”新たな概念の図書館を目指して
石川県立図書館は、旧館の老朽化・狭隘(きょうあい)化により、金沢市小立野の地に移転し2022年7月にリニューアルオープンしました。「思いもよらない本との出会いや体験によって、自分の人生の1ページをめくることができる場所」をコンセプトに計画された石川県立図書館には、従来の図書館には見られないさまざまな新しい試みが導入されています。本稿では、石川県立図書館様のご担当者と当社のプロジェクト担当者が、新しい図書館のしくみをどのようにつくり上げていったのか、プロジェクトに込めた思いやこだわりを語っています。
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石川県 県民文化スポーツ部 文化振興課
専門員
嘉門 佳顕 様 - 大学卒業後、安藤忠雄建築研究所、A.T.カーニー株式会社、ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社を経て2014年入庁。2016年度より行政職として新しい石川県立図書館の計画および建設に従事し、基本構想策定、基本・実施設計、展示設計、家具デザイン・監修、サイン計画などハード面全般の整備を担当。
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石川県立図書館
利用推進課 企画事業グループ専門員
空 良寛 様 - 大学卒業後、(財)石川県埋蔵文化財センターを経て2008年入庁。主に文化財行政の業務に従事。2021年度より新しい石川県立図書館の開館準備に従事。展示工事ではソフト面全般の統括を担当。
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石川県立図書館
利用推進課 企画事業グループリーダー
河合 郁子 様 - アクアマリンふくしま(飼育担当)、株式会社北陸メディアセンターでの勤務ののち、学芸員と司書資格を取得し、2003年より図書館業界へ。2007年よりリニューアルオープンした千代田区立千代田図書館で企画展示と特別コレクションの活用を11年間担当。2018年に入庁し、石川県新図書館整備推進室へ。2022年より利用推進課にて、主に企画展示とイベントを担当。
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石川県立図書館
利用推進課 司書主査
立海 恵 様 - 学校図書館の臨時司書、市立図書館の非常勤司書を経て、2012年から石川県立図書館で司書として働く。石川県立図書館ではレファレンスサービス、児童サービスなど窓口サービスを経験した後、2022年より利用推進課で図書館間連携などの業務に従事している。
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株式会社トータルメディア開発研究所
本社事業部 事業開発部 開発2課
水間 政典 - 2007年トータルメディア開発研究所入社。
本社開発部で、コミュニケーション環境の事業計画から施設プランニング、運営サポートまで幅広くプロジェクトを推進。「石川県立図書館」の図書館展示の企画から設計を担当し、図書館システムと一体となった展示システムを開発した。
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株式会社トータルメディア開発研究所
本社事業部 事業推進部 推進3課
塩津 淳司 -
2017年トータルメディア開発研究所入社
本社事業部でコミュニケーション空間のプロデュース業務を担当。
美大在籍時から空間全体を作品化するインスタレーションを制作。展示製作においてはグラフィックや映像を含めた空間表現、什器や装置などの立体表現にも拘りをもって取り組んでいる。石川県立図書館では、建築と調和しつつ、図書館スタッフでも容易に更新できる展示什器やグラフィック、装置を設計した。
開館から半年で約60万人が来館。年間の目標来館者数100万人を上回るペースで推移。
石川県 県民文化スポーツ部 文化振興課 専門員 嘉門 佳顕 様(以下、嘉門氏)
2016年3月に、「新石川県立図書館基本構想」が策定され、リニューアルにむけて具体的な計画が始まりました。金沢市の本多町にあった旧館は建物の老朽化が進み、資料が増えて閲覧室や書庫のスペースが不足していること、駐車場が狭いことなどが長く課題になっていました。移転先の小立野は、かつて金沢大学の工学部キャンパスがあったところで、十分な敷地面積(3.3ha)がとれ、新しい県立図書館は旧館に比べて規模を大きくすることが決まりました。具体的には、開架冊数が約30万冊(旧館は約11万冊)、書庫の収蔵可能冊数が約200万冊(旧館は約75万冊)、駐車場台数が約400台分(旧館は32台)、閲覧席は500席(旧館は73席)の規模になりました。
開館初年度という追い風もありますが、開館した2022年7月16日から半年で約60万人の方が来館され、年間の目標来館者数100万人を超えるペースで推移しています。
これまで図書館に興味の無かったという方々にも好評。学習の場として使われる方も多い。
石川県立図書館 利用推進課 専門員 空 良寛 様(以下、空氏)
石川県立図書館の現在の利用状況ですが、観光客が多かった開館当初より落ち着き、最近では図書館本来の利用目的の方が増えたと感じます。
学習や、テレワークの場として使われる方も多いためか、一人当たりの滞在時間は以前よりも長くなりました。県民の皆さまの日常に定着してきていると感じています。
金沢観光の合間に2日間つづけて訪れる方がいらっしゃるなど、反響が広がっています。
石川県立図書館 利用推進課 企画事業グループリーダー 河合 郁子 様(以下、河合氏)
家族連れの観光客が『今日は金沢観光の予定だったけれど、昨日初めて来てみて楽しかったから、また戻ってきました』と言っておられました。これまでにない反響です。
石川県立図書館 利用推進課 司書主査 立海 恵 様(以下、立海氏)
新規の来館者がたくさんいらしている印象を受けます。以前は図書館に興味が無かったという方が、館内の展示や情報を見て『おもしろい』と感心されている姿をよく見ます。
館の位置づけを“文化施設”にしたことで、さまざまな活動を受けとめる図書館に生まれ変わる。
(嘉門氏)
建物の規模を拡大する以上、たくさんの県民に来てもらえる図書館にすることが至上命題でした。普段図書館に行かない方も、本を読まない方も、「行ってみようか」と思うような図書館にしたい。そのために、新しい県立図書館では、本の貸し出しや学習の場といった図書館の基本的な機能に加えて、文化交流の場を拡充していく方針が掲げられました。教育だけが目的ではなく、様々な文化活動を展開できる機能を備え、「いろんなことができる、いろんなことが行われている」図書館になるということです。
2022年4月に石川県図書館条例が施行され、当館はそれまでの教育委員会から知事部局の文化振興課へと所管が移されました。名実ともに、美術館や博物館、音楽堂と並ぶ「文化施設」に位置付けられることで、庁内の他の部局や、他団体と連携したりすることがより柔軟に、機動的にできるようになりました。文化の裾野の広さを活かし、多彩な展示やイベントを実施しています。
(空氏)
これまで、国立科学博物館やオーケストラ・アンサンブル金沢、県立歴史博物館、いしかわ動物園や石川県繊維協会など、垣根を越えて数々の団体と連携したイベントを実施しました。多くの方に訪れてもらうきっかけがつくれるよう、日々様々な工夫をしています。
図書館は一度来て満足するものではなく、来れば来るほど魅力を感じる奥深いものであるべき。
(嘉門氏)
図書館は観光のための施設ではないので、一度来て満足するものではなく、「また来たいな」と思えたり、来れば来るほど魅力を感じたりできるような、奥深いものであるべきだと考えました。館内のあちらこちらに、いろんな世界が広がっていて、底が知れないようにしたい。展示設計は、その「いろんな世界」を作ってもらう役割を担ってくれました。「本との出会い」を演出する棚づくりを、高い解像度で実現するデザイナーですね。
図書館が展示設計を委託した例はおそらく他にはないと思いますが、一般的に建築設計では、並べる大枠の本の冊数が与えられ、それを満たす本棚を所定の場所にレイアウトすることまでしかできないのが現状です。建物の作られ方と、本棚の作り込みの間に相互作用が生まれにくい。図書館の主役は本ですから、建物ばかりが目立つのも避けたい。そのバランスを考えたときに、本そのものの魅力を伝えながら、「いろんな世界」へと誘う仕掛けを別に委託して、丁寧にじっくりつくる方が、図書館としては魅力的になると思うようになりました。もちろん、建築そのものとは調和するのが前提で、その上で両者とも引き立つようにすることを目指しました。
「思いもよらぬ本との出会い」を促すために何が最適か、議論を重ねながら一つ一つ形を見出していった。
(嘉門氏)
トータルメディアさんがプロポーザルを経て展示設計者として選定されてプロジェクトが始まったわけですが、どんな形がベストなのか、こちらも手探りでした。打合せでは、いつもこちらの「ぼんやりとした思い」に丁寧に耳を傾け、きめ細やかにフォローしてくれながら、具体的なイメージに落とし込んでいってくれました。いろんな議論をして、時には大幅な変更もお願いしてしまうこともありました。それでも粘り強くお付き合いいただいて、図書館としての展示を具現化してくれました。トータルメディアさんから、『それは僕たちにはできません』というような消極的な言葉は、1度も出てきませんでした。プロの仕事でした。
また、トータルメディアさんはデジタル方面にも精通して、いろんな手段で利用者の一人ひとりが喜ぶための体験の術(すべ)を心得ていたのも心強かったです。「思いもよらぬ本との出会い」を促すために何が最適か、議論を重ねながら一つ一つ形を見出していきました。
膨大な蔵書との多彩な出会いを生み出すという命題の実現に向けて。
(株式会社トータルメディア開発研究所 チームリーダー 水間政典:以下、水間)
普段、当社が手掛けている博物館とは異なる“図書館の展示”をどうつくっていくか、当初はかなり悩みました。博物館の場合は伝える情報が明確で、学芸員側から来館者に向けて情報を発信するというのが基本になります。ですが、今回は来館者の興味関心にはたらきかけ、ふだん手に取らない本やその先の探究へと自発的に動いてもらう仕掛けが必要になり、博物館とはアプローチの方向性がかなり違います。膨大な蔵書との多彩な出会いを生み出すという命題をいかに実現するか、これにはかなり知恵を絞りましたね。
(嘉門氏)
前例がないこの難しいミッションを実現するために、トータルメディアさんは美術館や博物館での成功法則を押しつけるのではなく、まっさらな状態で私たちと向き合ってくれたことが嬉しかったですね。『このやり方なら人が来るから大丈夫』と経験値だけに当てはめず、図書館の「そもそも論」に立ち返り、リサーチを徹底し、ゼロから提案をしてくださった。大変なご苦労だったと思います。まさに、“一緒に泥にまみれてくれた”という言葉がふさわしいと思います。
石川県が誇る“伝統文化と里山・里海、生物多様性”を切り口に新たな知識へと誘う「石川コレクション」。
(河合氏)
『里の恵み・文化の香り~石川コレクション~』とは、石川県が誇る伝統文化と里山里海、生物多様性をテーマとした図書・雑誌・和本・図案・写真などによる、4万点を超えるコレクションです。伝統文化と里山里海に分かれて、それぞれ2名の司書が担当となり、新図書館のオープンに向けて4年かけて収集を行いました。コレクションに興味・関心を持ってもらうための場所として用意されたのが、閲覧エリア1階中央、北側にある『里の恵み・文化の香り~石川コレクション~』コーナーです。
このコーナーでは、まずはじめに「石川コレクションと従来の郷土資料はどこが異なるのか」を伝える必要がありました。さらに、展示の主役は図書を中心とした4万点の資料だけれど、諸事情によりこの場所に集めることができるのは2000冊程度。石川県民にとって「九谷焼」「兼六園」といったキーワードそのままでは、新鮮味がないためコレクションに興味を持ってもらいにくい。時代の変化に合わせられるよう什器に可変性を持たせたい、という課題の多い条件下で、展示としてどう展開すべきか悩みました。
(河合氏)
図書と解説パネル、さらに関連する工芸品などを同時に見せたいと相談したところ、事典を開いたような表現の展示はどうかと、水間さんからご提案がありました。また、人と自然の関係性を軸にした「よりそう/あみだす/はぐくむ/かたどる/いかす/いただく」という6つの切り口をご提案いただいたことで、石川コレクションらしい概念整理ができるようになり、「九谷焼」「兼六園」など昔ながらの項目においても、県民がこれまで知らなかった側面を紹介することができました。
結果、老若男女問わず、多くの来館者がこのコーナーで足を留めています。
伝統文化と里山里海で分担する司書たちと違い、トータルメディアの水間さんはその全て把握をしなければならないので、大変だったと思います。
(水間)
ありがとうございます。本件のために県をぐるりと1周して、雪深い奥地にある郷土博物館なども訪問しました。館自体が特徴的なテーマを持っています。ですから、石川コレクションもただ歴史を羅列するような郷土展示にとどまってはだめだと思いました。
各地を回って改めて文化立県・石川のすごさを実感しましたね。職人さん一人ひとりが過去からの伝統を紡ぎ、その先に人々が暮らしを育むための多様な環境や文化が生まれているのだと実感しました。
デジタル書架のシステムを取り入れることで、書籍に関連する県内の文化施設なども紹介
(水間)
このコーナーには、タッチパネル式のデジタルディスプレー(デジタル書架)も設置していますが、せっかくなら本の検索機能だけではなく、このデジタルコンテンツを起点にして、書籍に関連する県内の文化施設などを紹介する情報につなげたいと考えるようになりました。県をめぐり、伝統文化に触れなければ思いつかなかったことです。加えて、UI(ユーザーインターフェース)は子どもからお年寄りまで、使いやすい直感的なデザインを心がけました。
(河合氏)
昨秋からは学校見学も受け入れていますが、小学生たちが展示している能面を自分の顔に付けてみて、楽しげにはしゃぐ様子も見られました。小学生が能面を気軽に試すことができる環境は多くありません。そうだ、こういう情景が見たかったんだと手応えを感じました。工芸品を触り、解説を読み、その隣の本を手に取り知識を得る。その姿を目にしたときは、感慨深かったですね。
12のテーマ別に分類された書架へ誘う「本と出会いの窓」は、まさに本の世界への入り口。
(立海氏)
当館の書架は大きく分けると通常の図書館のようにNDC(日本十進分類法)に基づいて配架したコーナーと12のテーマを設定して配架したコーナーがあります。この12のテーマの一部の内容を大小ランダムなくぼみに表現したのが『本との出会いの窓』です。
『窓』は、仕事や子育て、旅やスポーツなど異なるテーマで構成され、それぞれの世界観を凝縮しています。例えば『世界に飛び出す』なら、飛行機のチケットや外国の動物の模型を飾ったり、地球儀を置いたり。お気に入りの窓をみつけて、次に上階にあるそのテーマの書架に行ってほしいという意図で作られています。
開架の最も手前に位置し、館内にどんな興味深い書籍があるのかを知らせる当コーナーは、まさに本の世界への入り口です。そんな責任重大の展示をどう形成していくか。トータルメディアさんに相談したのは、これまで本に興味を持たなかった方々に手に取ってもらうにはどうしたらいいかという、ぼんやりとした内容でした。
『窓』の実現に向け、司書の皆さんと勉強会を重ね永続的な運用の方法を模索。
(水間)
ヒントは、街中のショーウィンドーでした。まるでウィンドーショッピングをするように本を選んでもらえたらと方法を模索し、提案を重ねました。とはいえ『窓』を魅力的な状態に維持していくための更新を担うのは、司書さんたちです。そのため全12回の勉強会を開き、長い時間をかけて、実際に落とし込むプロセスを一緒につくっていきました。『窓』の制作は通常業務に突然追加されたわけですから、当然、司書の皆さんは最初『そんなの無理だ』とおっしゃった。ですが、勉強会が進むにつれて、司書さん側から『こんなのはできないか』と逆提案をしてくださるようになりました。着地が見えたのは、全12回の半ばを過ぎたころでしょうか。
(空氏)
窓のデザインは基本的に司書が担当しますが、最初のうちはなかなか大変で…。ですが、いまでは、開館前にすでに次回の展示替えの分まで作っていたのに、さらにいいものを作りたいとの思いから積極的に新しいものを作るようになりました。
(嘉門氏)
結果としてトータルメディアさんは、まるでワークショップの講師のようでした。司書は日々たくさんの業務をこなさなくてはいけないので、新しい挑戦への最初の一歩をなかなか自分で踏み出せません。やりたいことがあっても、具体的な形まではうまくデザインできない。背中を押しながら、一緒に走ってくださって、完成に至るまで成長を手助けしてくれました。本当に感謝しています。
気になる本や思いつく言葉から関連書籍群が星座のように展開される「ブックリウム」
(水間)
印象的なコーナーのひとつに『ブックリウム』があります。『ブックリウム』は、スクリーンに言葉やデジタル映像が浮かび上がり、気に入った言葉や本にタッチすると、本の解説が現れる空間です。美しい円形の書架に並んだ実物の本の一部を、デジタル技術でアーカイブ化しています。
本のデータを活用したデジタル空間を構築したいというご要望をいただき、一般的な図書館の検索機能とは全く異なる新たなしくみを企画しようと思いました。そして考えついたのが、連想検索というシステムを採用した見せ方でした。
1冊の本ができ上がるまでの裏側には、実に多くの参考となる関連書籍が存在します。その本どうしの関係性を細い線でつないでいき、銀河のようなインターフェースに仕上げました。通常の図書館検索は、探しているタイトルに行き着くまで情報を絞り込んでいきますが、『ブックリウム』では、感覚的に本と本のつながりをたどりながら、思いがけなかった書籍に行き着くことが出来るんです。
(空氏)ブックリウムは、いろんな方に利用されています。子どもだけではなく、大人の方も利用していますね。『こんなの見たことがない』と多くの来館者が驚かれる印象です。
(嘉門氏)
普段は図書館に行かないけど、あるイベントのためにたまたま来館した方が、閲覧エリアに足を運んでもらうにはどうするか、という視点でつくりました。利用者の裾野を広げる役割です。
一方で、デジタルアートとはいえ、一過性のもの珍しさだけではなく、「本と出会う」という軸からはぶれないようにしました。利用者が興味を持ちそうな数々の本を、選択した言葉から紐づけて一瞬で集約して表示できるのは、デジタル技術ならでは。この作業を実際の本棚でやろうとしたら、たちまち汗だくになるし、時間もかかります。たくさんの本があって、それぞれの本と本の間にも関係があって、まとまりがある。天文学的な組み合わせがある本の世界の果てしなさを体感できる展示になったかと思います。何度でも楽しんでもらえるとうれしいです。
ユニット式展示システムを採用した企画展示コーナーの導入
(河合氏)
2階中央の企画展示コーナーの什器(じゅうき)を手がけたのもトータルメディアさんです。什器は私たち司書が企画した展示を引き立てるための、あくまで黒子としての役割です。解説パネルと図書と実物を組み合わせて展示することになるので、いろんな形のユニット什器や、複数サイズのパネルフレームを用意していただきました。独立什器の見た目・機能性、照明や固定するための穴の位置など、何度も打合せして、細やかに設計していただきました。
司書さんたちの負担が少しでも減るよう熟慮を重ねた企画展示システムを導入。
株式会社トータルメディア開発研究所 本社事業部 事業推進部 推進3課 塩津 淳司(以下、塩津)
どんなテーマでも受け止められるよう、可変性に工夫を凝らしました。ユニット型のため、棚やボックスなどは自由に位置を動かすことができます。曲線的な壁に平坦なボックスをどう取り付けるか、そのあたりには苦労しましたね。
ガラスケースはダンパー式で斜めに開き、女性でもストレスなく持ち上げられるようにしています。司書さんたちにとって企画展示は、通常業務のプラスアルファ。負担が少しでも減るよう熟慮しました。一方で、一見して可変型だとわかる見た目は避けたかった。館内に調和するような統一感を心がけました。
(河合氏)
什器のディティールやサイズバリエーションが徹底的に計算されているからこそ、1回毎の企画展では制作物のランニングコストを抑えることができます。ユニットを組み合わせることで自由な表現がしやすいのに、自在に動かせるようには見えない、違和感なく館内に溶け込む完成度の高いデザインだと思います。
石川県のさまざまな要素が凝縮されたシンボリックなアート作品の設置。
(嘉門氏)
南側の入口から入って屋内広場を通って閲覧エリアを抜けた先に、円筒形のモニュメントがあります。視線の先のアイストップでもあり、
北入口の円形ソファの中心を飾るアート作品です。石川県の生活に根差したものが展示アイテムとなっていています。休憩場所や待ち合わせで人が佇む場所を飾るシンボリックな存在です。
(塩津)
円筒には石川県の町や人々の暮らしが描かれ、四季折々の里の風景、海の風景などを散りばめています。そして手前側には、年配の方から今時の若者までが本を読む姿をモノクロームのドットで描いています。
それぞれ異なる速度で回転し、座りながらぼうっと眺めていても飽きないように配慮しました。また、表面はイラストですが裏面は鏡で、照明の効果でキラキラと光ります。休憩中に暇を持て余さないよう、ちょっとした視線のよりどころになればと。
『わが県の特色は……』という、説明書きはありません。ですが、よく見ると石川県を構成するさまざま要素が凝縮され“答え合わせ”ができるようになっています。『あれは何?』と子どもが尋ね、親が解説をする。そんな会話がここで生まれたらうれしいですね。
『食文化体験スペース』や「モノづくり体験スペース』に至るまで様々な工夫を盛り込む。
(嘉門氏)
トータルメディアさんは、そのほかにも数々の文化交流エリアを充実させることに心血を注いでくれました。オープンキッチンを備えた『食文化体験スペース』では、調理スペースにカメラとモニターを用意し、講師の手元がよく見えるようにしてはどうかと。あるいは、調理イベントがないときも、部屋が空になるのではなく、気楽に入り、佇めるような雰囲気にしてくれました。また、3DプリンターやUVプリンターなどが並ぶ『モノづくり体験スペース』では、部屋の外周にショーケースを置いたのも、見本となる作品を展示した方が多くの人の目に留まり、使うイメージを持ちやすいというご提案があったからです。
(空氏)
一般的な図書館なら読書会止まりだったイベントの内容も、農体験から3Dプリンターを使ったモノづくり体験、キッチンを備えた部屋での食文化体験までと、大きく幅を広げました。昨日は、室内管弦楽のコンサートを閲覧エリアで催し、館内いっぱいに美しい音色が響きました。
(嘉門氏)
極端にいえば、来館者はコンサートだけ聞いて帰宅してもいい。ですが、結果として多くの方々が閲覧エリアに入り、本を手に取っています。料理も音楽も、モノづくりも、あらゆる活動に関連する本が館内にあって、興味を持てばすぐに出会える環境がそこにあるからでしょう。
(河合氏)
きっかけがイベントでも、イベントからその文化に興味を抱き、閲覧エリアに行けば魅力的な本が並ぶ書棚がある。最後には、読んだり借りたりする形に自然と結び付けられています。まさに入り口から出口まで、あの手この手でひもづけている。トータルメディアさんは、その結合部として機能するところを手掛けてくださいました。
1周約160メートルにおよぶ4階の『本の歴史を巡る』回廊式閲覧空間に仕掛けたユニークな展示。
(立海氏)
1周約160メートルある4階の回廊式閲覧空間ではこちらが提示した各テーマを1つの線となるように整理していただきました。同空間では『本の歴史を巡る』を大テーマに据えていますが、漠然と本を並べているだけでは本の歴史を来館者に伝えることはできません。
そこで、実物資料をはじめとする展示資料の見せ方を提案していただきました。そのうちの一つである『加州金沢製糸場之図』の立版古は、当館で所蔵する明治時代の金沢にあった製糸場の版画絵を、飛び出す絵本のように立体化したものです。さらにこの展示を縮小し、実際に組み立てられるぺーパークラフトまで作成していただきました。
(空氏)
図書館所蔵の貴重資料をもとに作ったぺーパークラフトは来館者数が落ち着いた今秋から置き始めましたが、4階という“辺境地”にもかかわらず週に20〜30枚のペースで減っています。
新しいコンセプトの図書館整備に携われたことで、たくさんの発見と学びがありました。
(水間)
当社はこれまで数多くのミュージアムを手掛けて研鑽を重ねてきましたが、石川県立図書館のように、新しい本との出会いや県内の地域資源との繋がり、多様な機関との連携を生み出す新しいコンセプトの図書館づくりをお手伝いしたことはありませんでした。
石川県立図書館は、県内の情報のハブ(結節点)としても機能していて、ある意味で行政サービスの最初の入り口にもなり得ます。数々のイベントや展示によって来館者がアクションを起こし、その先にある本や地域の探究へとつながる──。本当に大きな可能性を秘めた場所だと思います。我々も今回のプロジェクトに関わり、たくさんの発見と学びがありました。
(塩津)
水間からもありましたが、博物館は見せたいものをかみ砕いて明示し、来館者に知ってもらうのが目的です。対して図書館の場合は、本を借りてもらう、イベントに参加してもらうなど、通常の展示業務とはミッションが異なります。自発的な行為に結びつけるための仕組みづくりは、当社の今後の業務にもかなり応用できると考えています。大変、興味深い経験をさせていただきました。
これからも、石川県立図書館の多様な楽しみ方を、県民百十数万人の皆さんに伝えたい。
(空氏)
文化施設として生まれ変わったと言っても、もちろん教育施設としての役割が減ったわけではありません。図書資料の充実や学校支援の機能は従来の館と同レベル以上で継続しています。本を目当てに来館していただくのもいいし、一方で、文化交流エリアや展示をきっかけに本の世界に近づいてもいい。さらにいえば、イベントだけを楽しんでもいい。どなたにも門戸は開かれています。石川県立図書館に来れば多様な楽しみ方ができるんだと、県民百十数万人の皆さんにこれからも伝えていきたい。当館の存在が、文化的な知恵や知識に触れ合う一助になればうれしいですね。
石川県立図書館がこれからもずっと、多様な文化活動や文化交流の場であってほしい。
(嘉門氏)
ありがたいことに『こんな図書館は見たことがない』という声を数多くいただいています。全国的にみると、近年の公共施設の整備では、同じ建物の中に、図書館があり、その横に博物館や交流施設があるような、機能を複合させることも増えています。当館は、そのような複合化ではなく、一つの屋根の下、図書館という単一の用途で、いろんな「知」や「体験」のあり方を追求して多角的な魅力をもたせた施設です。運営も県の直営です。そのため意思決定や指示系統もシンプルで、施設のトップも館長の一人です。それが当館の特徴で、機能を集めて足し合わせ
たというより、図書館が元来持つ可能性を大いに解放したという感じです。図書館だけでも「ここまでできるんだ」と感じてもらえるとうれしいです。
乳幼児からご高齢の方まで、それぞれのライフステージでそれぞれの楽しみ方を見出せると思いますので、人生を通して当館に繰り返し通い続けていただきたいです。当館が、多様な文化活動や文化交流の場としてこの地に根付いて、成長していってくれたら何よりです。
石川県立図書館に関するプロジェクトレポート
膨大な蔵書との多彩な出会いを生み出す図書館展示システム
本施設は「思いもよらない本との出会いや体験によって、自分の人生の1ページをめくることができる場所」をコンセプトに計画。膨大な蔵書との多彩な出会いを生み出す展示開発が命題であった。
新しい書棚のあり方として、従来の図書分類にとらわれない身近で馴染み深い「本と出会う12のテーマ」へいざなう「本との出会いの窓」では、図書と合わせてテーマを象徴する関連資料を展示。伝統文化や里山里海をテーマにした「里の恵み・文化の香り〜石川コレクション〜」のコーナーでは、本とともに伝統工芸品等の実物資料を展示し興味の喚起を図った…。…続きを読む
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